空海に出会う旅

空海に出会う旅

開業心理臨床の道(31)空海に出会う旅 
『こころの臨床アラカルト』(星和書店)1999年3月


*歩き遍路への準備

  昨年の夏、四国を旅した。特にお遍路に興味を持っていたわけではない。日々の臨床の疲れを四万十川の自然や道後温泉の湯で癒したかった。道すがら、偶然に も歩き遍路の人たちと何度も目が合った。彼らを見て、1200キロ(大阪ー東京間往復以上の距離)の道のりを歩いているだと思った。そして彼らの行為(修 行)が気になったのである。ある日、書店で藤田庄市著『四国八十八カ所』(学研)の本がぼくを呼んだ。その本を買い一気に読み終えた。そして、弘法大師空 海のことをあらためて考えさせられた。 

  ぼくの真言密教との出会いは12年前に遡る。「阿字観瞑想」に惹かれて、その権威である山崎泰廣先生を尋ねたのがきっかけだった。キリスト教(特に人 間イエス)に長く関心を抱いていたぼくにとって、そのとき始めて仏教にチャンネルが開いたときであった。山崎先生は常光院の住職で、高野山大学の教授でも ある。偶然にも、ぼくが育った地域にそのお寺はあった。先生から阿字観瞑想とヨーガを指導していただき、それ以来ご縁を戴いている。また、瞑想とともに 「護身法」(印、マントラ、想念を用いたプロテクション)だけは毎朝行っている。護身法とは自分の無意識に働きかけ、仏とつながることで身を守る有効な方 法である。サイコセラピーという仕事は様々なクライアントに出会う。「護身法」をすることで、境界例の人たちの無意識の侵入を防ぐことができる。そのこと が分かって以来、主宰している「癒しの心理学研究会」のメンパーには護身法を教えている。ときには不安が高い神経症レベルのクライアントに教える場合もあ る。

  四国に触れてから、ぼくの無意識に潜んでいた真言密教への思いが再び激しく動き始めたのだ。さっそく、「へんろみち保存協会」に連絡をとり、歩き遍路用の カイドブックと地図を手に入れた。カイドブックには歩き遍路の取り組み方が詳しくかかれていた。それを読みながら、日増しに空海に出会いたいという思いに かられたのである。

  一年間に四国を廻るお遍路の数は、バス(団体)や車で10万人、歩き遍路は千人ぐらいらしい。歩き遍路にも歩きのみと公共機関を使いながら歩く2つの方法 がある。ぼくは歩きのみにこだわっている。歩き遍路には一回で廻る「通し打ち」と数回に分ける「区切り打ち」がある。通し打ちでは45日から50日ぐらい かかる。ぼくは2〜3年間かけて、50歳までに区切り打ちを終わらしたいと思った。お遍路をしたいと思うだけで、本当に廻り切れるだろうかという弱気な気 持ちも起こってくる。仕事のスケジュールの調整や時間がとれるのだろうかと・・・。とりあえず、用具をそろえてみょう。仕事の合間をくぐって、神戸・大阪 のアウトドアーの店を廻り、靴、ザック、雨具、下着などをそろえていった。

*四国遍路の始まり

  11 月1日に徳島に渡った。明石大橋と鳴門大橋ができたおかげて本州と四国が陸続きになり、神戸からバスで2時間ほどで徳島に着く。一番札所霊山寺で金剛杖、 白衣、管笠、納経帳、納札、経本、数珠など一通りのものを買いそろえた。白装束に身を固めると、何か自分でないような不思議な気がした。さて、お遍路の始 まりだ。参拝の手順を覚えたり道中のマナー(十善戒)を守らなければならない。読経の仕方もある。合掌礼拝からはじまり、開経偈、般若心経、ご本尊真言、 光明真言、ご宝号、回向文、ご詠歌、合掌一礼と続く。すべてが初めてのことばかりで戸惑ってしまった。

 2番札所の極楽寺で岡山県からきた20代のIさ んに出会った。わらじを履いてていたので目についた。声をかけると、野宿しながら通しで打ち止め(結願)したばかりという。彼女の姿を見て、ぼくは今から だと、元気をもらった。勢いをつけてがんばって歩いたせいか、一日目にして両足の裏に大きいマメができてしまった。足を引きずりながら歩く。立ち止まれは 痛みを感じるので歩いている方が楽なのである。途中で千葉県のKさんと仙台市のHさんにはずいぶん勇気づけられた。そして、東京のIさん、札幌市のKさん、西脇市のYさ んに出会う。歩き遍路の一期一会のネットワークができていく。11番札所の藤井寺から12札所の焼山寺までの山越えは本当に辛いものがあった。体力の限界 を超えるコースだ。このようなときに「南無大師遍照金剛」というご宝号をとなえつづけるのである。金剛杖とともに歩く「同行二人」の意味が見えてくる。こ のコースは四国八十八カ所のイニシエーション(通過儀礼)の場であった。

 区切り打ち二回目は年末年始にかけて行った。前回の経験を生かし、荷物を出来るだけ軽くし靴も買い変えた。一年間の仕事の疲れ、忘年会などの暴飲暴食、風邪気味であったぼくは休息もとらず、徳島に渡った。前回打ち終えた16番札所の観音寺からのスタートだ。

 17番札所の井戸寺で山口県からきたという76歳のKさ んに出会った。お遍路は5回目(通し打ち)で自転車を使って逆打ち(88番から1番に向けて廻ること)をしている。それも野宿で。すごい元気じいさんであ る。ありがたいことに、お遍路の手ほどきを受けた。これも空海との出会いである。その日は宿に着くと37、7度の熱を出してしまった。今回のお遍路は前途 多難である。色々考えさせられた。次の日は体をいたわり10キロくらいの行程をとった。途中で仙台市のTさんに出会う。今回熱を出しながら歩けたのは彼のお陰だと思う。また地元(徳島県)の歩き遍路Mさ んには多くの情報を戴き助けられた。今や死語になった「旅は道ずれ世は情け」がお遍路の世界には存在している。歩くペースはお互い違うが、道すがら、お寺 で、宿でお互いが声をかけ支え合っていく。徳島県最後の23番札所薬王寺をおえ、高知県の野根(室戸岬の手前30キロ)まで歩いていた。歩き遍路宿「まる たや旅館」の女将とご主人には本当に親切にしていただいた。前回も今回も歩き遍路と地元の人たちに支えられ歩いてこれた。やっと250キロぐらいを歩いた のである。

  四国遍路は四つの道場に分かれている。「発心の道場」の徳島県、「修行の道場」の高知県、「菩薩の道場」の愛媛県、「涅槃の道場」の香川県である。ぼくは 「発心の道場」が終わり、これからが本格的なお遍路の始まりである。一回目は足にマメができ、二回目は風邪がひどくなるという、体にまつわることばかあり である。<気>に関わっているぼくにとって何かが欠けているのだと大反省。そして、次のお遍路に向けて、早朝歩くトレーニングを始めたのである。



*お寺には空海はいない

 区切り打ち二回目を終えて、本当に色々なことを学んでいる。一番感じたことは、<空海はお寺にはおらず、お寺とお寺の間にいる>ということである。八 十八箇所のお寺はお遍路たちの歩く目標の場(枠組み)だけであり、八十八個の数珠玉(寺)に意味を見いだすのか、それをつなげる見えない紐(プロセス)に 意味を見いだすのかの違いである。すべての寺とはいわないが、多くのお寺がお遍路ビジネス感覚だ。寺の人は声もかけてこないし権威的である。ある寺の納経 所で「車ですか、歩きですか」と聞かれた。「歩きです」というと、相手は無言。次の人にも同じ質問をした。その人は「車です」と答えた。すると「駐車料 500円」の一言。それを聞いてがっかりする。また、ある寺で、「着替えたいので、玄関先を貸してもらえませんか」と尋ねると、「貸せません」の一言。 あっけにとられてしまう。ぼくに甘さがあるのだろうかと考えてしまった。空海は「これが俗世よ」と言ったように思えた。お寺の俗ぽさに頭にきている間は 「修行がたらん」と言われているように思えてならない。空海を感じれる寺はないのであろうか。

  ふと、アメリカの黒人フェミニスト作家、アリス・ウオーカーの「カラーパープル」(集英社文庫)に書かれていた一節を思い出した。「今まで神を教会で見つ けたことある?あたしはない。あたしが見たものは、神が現れるのを待つ人々の群ばかり。あたしが教会で神を感じたとすれば、それはあたしの中にあったもの で、あたしが待って教会の中に入ったものなの。他の人もそうだと思う。人は教会に神を分かち合うためにやってくるの。神をみつけるためではなくてね。」

 八十八個の数珠玉よりもそれを<つなげる紐>に空海が現る。この見えない紐は、自然の大地、地元の人に根付いたお大師信仰、お遍路のこころがつながるときに空海に出会える。歩いていると、地元の人がかけてくれる言葉が本当にありがたい。

  四国にはお遍路にたいして「お接待」という風習がいまでも根強く残っている。「お遍路さん、これをどうぞ」と食べ物やお金を戴いたりする。その気持ちにこ ころを打たれるのである。区切り打ち二回目でお接待の意味が自分なりに分かった。それは、お接待する人の空海意識がお遍路の奥に潜む空海意識に気持ち(形 では食べ物やお金)を差し出しているのである。戴いたものは空海に出されたものであって、ぼくに与えれたものではない。戴いたものをまず空海に感謝せねば ならない。このような風土の中に歴史を超えてお遍路が支えられている。地元の人と歩き遍路の人の優しさと暖かさを感じている。この感覚は、阪神淡路大震災 の直後触れあった人たちと同じだ。歩くことは大変だが、「すべてがありがたい」という感謝の気持ちが沸いてくる。そして歩けば歩くほど、自分のもつ欲が落 ちていくのである。

  打ち切って、神戸(三宮)のバスターミナルに降りたとき、「この濁った気場で毎日生活しているのだ」
と感じた。この気づきは今まで感じたことがないほどの インパクトであった。お遍路の後の「透き通った意識」を忘れないようにしたいと思っている。「発心の道場」を終えたぼくは、空海が生きる四国にますますは まり込んでいる。あなたも「お遍路セラピー」を始めてしてみませんか!!空海に出会ために。

Copyright(c) 2017 Ashiya Psychotherapy office All Rights Reserved.