気の心理学とは


アジア心理学の始まり


 在日本における臨床心理学は、精神分析、分析心理学、人間性心理学などの西洋心理学が主流をしめています。日本独特な心理療法として、森田療法と内観療法がありますが、これらの技法を用いてセラピーをする人たち多くはいません。
 しかし、この10年ぐらい、海外から日本の心理療法に興味をもつ人たちが増えています。また東洋の文化を加味したセラピーも現れている。例えば、からだから入る「臨床動作法」、日本的な「壷イメージ法」、文化からでてきた「俳句・連句療法」、森田療法を入れた「生きがい療法」、言葉を大切にする「日本語臨床アプローチ」、筆者が提唱している「気の心理学」などです。
 私も西洋心理学を学び、ユング派・トランスパーソナル系の教育分析を受けました。しかし、日本という土壌で、日々心理臨床を行っていて「何かがたらない」と思い続けてきたのです。それは、こころとからだを分ける西洋近代の考え方でした。すべてのクライエントはこころの問題でセラピーを受けにくるのですが、必ずからだの症状をうったえます。多くの西洋心理学では、こころとからだを分けて考えるため、人間存在のアプローチが部分的になるのです。東洋では、元来、こころとからだは一つという「心身一如」の視点にたち、自然を含めた全体を問題にしてきました。このような気づきから、外気功に何かヒントがあるのではないかと、噂を聞いては気功師の講習に参加して修練を積んできたのです。そのプロセスで東洋医学に出会いました。それ以来、気を中心としたアジア心理学を模索しています。


東洋と西洋の違い


 東洋では、自然界の中に人間が含まれています。自然の中に人がいて、人の中に自然があるのです。次の図は、そのことを表しています。また人を見るときに、こころ、からだ、たましいと分けないで一つの有機体として存在しているのです。円の中心にある「いのち」は<気>に置き換えて考えられます。

東洋の心理学と西洋の心理学の違いを表からみて見てみよう。
    (東洋心理学) (西洋心理学)
視  点 身(こころ+からだ)
自然を含む
全体的・統合的
こころ

部分的
診  断 証(流動的)
七情
病名(固定的)
治療のポイント 全体のバランスの崩れ
自然治癒力 養生法
原因理論治療


気とは何か 


 私たち日本人はは日常の中で「気」という言葉をよく用いています。

「病は気から」「気は心」「気がめいる」「気が合う」など、数えあげればきりがない。その実体は何かと問われるとなかなか答えにくいのだが、何となくその存在を感じているのです。
 中国では昔から形のあるものを「器」と言い、形を越えたものを「道」(TAO)と言った。道は陰陽の気が流動的に変化していることの現れで、器は道の働きが形となったものだと言われています。ところが、(臓)器としての肉体だけでは「身(からだ+心)」とはならず、そこに気の働きがあって初めていのちある存在になるのです。
 気とは、天地宇宙に存在し、自然と共に体に流れる<生命エネルギー>です。また自然界には天地、日月、昼夜、男女など陰と陽の二極があり、陰と陽が「二にして一、一にして二」とバランスをとりながら、たえまなく変化を繰り返している。人間も自然界に生きる動物であるがゆえに、この陰陽の法則のもとに生きていて、人体内の気もまたバランスをとりながら身を巡っていると考えられています。

人体の気 +−−−− 先天の気
+−−−− 後天の気 +−−−− 天の気(陽)
+−−−− 地の気(陰)
 気には、人間が生まれつきもちあわせた「先天の気」とその後に生じる「後天の気」がある。先天の気は、胎児として生を受けたときからもちあわせ、大人への発育の基礎であり、生命活動の原動力となります。

 先天の気の質と量は生まれたときから個々人によって定まっているとされる。後天の気は、呼吸によって肺に入る「天の気」(陽)と、飲食物によって消化吸収して得られる「地の気」(陰)があり、この二つの気がからだのなかで混じりあうことで、人間は育てられていく。後天の気は回復可能な気であり、これをうまく使って先天の気の消耗を少なくすることができるのです。

 気が少ない状態を「気虚」、気が滞った状態を「気滞」という。気虚の状態では、からだにはだるさ、疲れやすさ、顔色の悪さ、息切れ、食欲不振などの症状が、心にはやる気が起こらず無気力な症状が起こるのです。

気滞の状態では、からだには痛み、重苦しさ、張りなどの症状が、心にはイライラ、怒りっぽさ、不眠などが出る。これらの気の状態が「身」に映し出され、からだには五臓六腑や経絡の異常として、心には意識状態のさまざまな乱れとして現れるのです。

 私たちは「気が重い」と感じるときには、陰の気が多く、「気が軽くなった」と言うときには陽気が増えた状態です。どちらが増えすぎても陰陽のバランスがくずれる。その時の気とは、「こころの状態」のことを示している。あることが気になり、そのことばかりが頭の中をめぐり、イライラしたり、落ち込んだり、不安になったりする。それは思いの深さであり、言い換えれば、<情報>としての気のことです。


気の心理学

 気の心理学ではクライエントの気の流れをどのようにとらえアプローチしていくのかがポイントになります。そしてクライエント自らが自然と調和した生き方ができるように援助している。クライエントの滞った@心身の気の流れが調和していけばA人との気の交流やB自然との気が整い、C人生の気の流れ[道(TAO) ]が見えてくるのです。
気の働きを図を用いて心理臨床の立場から説明しよう。
 この図の中心には気があり、その働きがあってはじめて器としての体が働き、ここという実体が現るのです。僕たちの<身>の上に何かが起これば気が乱れ、体とこころに同時に反応する(横軸)。そのとき身体には呼吸に、こころ(意識)にはイメージに反応する(横軸)ことを示しています。

 例えば、突然ショックなことが起こると、まず呼吸が乱れ気の流れのリズムが変化します。それと同時に意識の状態が微妙に変性することで内的イメージが変化する。このようなことがたびたび起こったり持続していると、呼吸、筋肉収縮、体のポジションなどの体癖として、感じ方、見方、考え方などの心癖としてのイメージが固まっていくのです。このとき気(エネルギーと情報)の流れ方がその人なりの法則性をもち始め、長期に渡れば渡るほど根っこが深くなっていく。その意味では、気はからだのある部位に滞りとして、またこころには人格の偏りとして生じてくる。このように滞ったり、固まった気が解放されるには呼吸とイメージがポイントになります。

 呼吸がなせる技は不思議です。身体運動としての呼吸はイライラしたときの溜息や疲れたときのあくびは無意識に心身調節を行う。その時誰もが腹式呼吸になっています。呼吸は自律神経を整えることができるといわれている。自律神経系には、交感神経と副交感神経があり、前者は体を活動的や状態にし、後者は休めるという相反する働きをする。吸う息は交感神経に、吐く息は副交感神経に影響を与えるといわれています。多くのクライエントは気が滞っているために呼吸は浅い。呼吸(息)を整えることで心身のバランスをとるのです。呼吸は心身をつなぐ「いのちの営み」であり、癒しのメカニズムの息吹といえます。

 では、心の働きとしてのイメージはどうでしょうか。イメージとは「心の中に浮かんできた像と考えられがちですが、五感を含んだ準感覚的なのもであり、イメージを浮かべている自分の体験をも含んでいる」と九州大学の田嶌さんはいっています。その時の体験の仕方が問題であると彼は言っている。そのとき準感覚的な身体性を含み情動などが感じられる気の流れが存在しているのです。

 イメージは大きく分けると、想像イメージと自発イメージがあります。前者は意図的に思い描いて、作り出すイメージのことであり、後者は自然に浮かび上がってくるイメージのことで、自律的に動き出すのです。またこの想像イメージと自発イメージの微妙な働きが情報伝達としての気にはかかせません。気功では、「意念」という言葉をよく用います。意とは心に思うことで、念は言葉やイメージによって思い続けることを意味しています。
 私たちが何かをイメージしたとき、こころのスクリーンには意識レベルから入ると想像イメージになり、無意識レベルから上がってくると自発イメージが動いています。その自発イメージが自律的に動きだすときにより多くの情報が現れてくるのです。その意味ではポジティブな思いはポジティブなイメージとして、ネガティブなイメージはネガティブなイメージとして伝わっていきます。イメージはこころの有りようを示すリアリティであり、それが日常のリアリティを作っていく。言い換えれば、内的イメージが変容すれば外的な現実が変化していくのです。